1973年時刻表で上野~札幌間鉄道移動の所要時間・料金を調べてみた

たーぼうです。1970年生まれですが交通公社の1973年7月時刻表を持っています。たまに眺めては昭和時代の鉄道に思いを馳せています。今回は東京ー札幌間の鉄道移動時の所要時間、料金を調べてみました。

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1973年の鉄道事情を簡単に紹介

1973年7月号ですが表紙が381系振り子電車です(2022年現在この電車が現役なのがすごいですねw)。この時刻表のトピックが、中央線全線電化完成です。最後まで非電化だった中津川ー塩尻間が電化されたのが1973年7月10日で、時刻表には改正前と改正後の時刻が両方載っています。

東海道・山陽新幹線は1972年に新大阪ー岡山間が開業しています。山陽本線の時刻表を見ると岡山始発の「つばめ」「月光」なんて特急があって面白い。ちなみに山陽新幹線博多開業は1975年3月です。

東北方面は、東北新幹線・上越新幹線は建設中で、在来線特急・急行が数多く走っていました。(東北上越新幹線開業は1982年)、北海道に渡るには青函連絡船を利用する必要がありました。(青函トンネル開通は1988年)SLが最後の活躍を見せていた時代です。(SL廃止は1975年)

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普通・急行・特急で料金・所要時間を比較

この時代、既に上野ー札幌間を普通列車で行く人はほとんどいなかった?

この時代、上野から青森までの夜行普通列車は既になくなっています。普通列車のみだと上野ー札幌間で2泊する必要があります。この頃の普通列車って本当に遅いですね(笑)、恐らく特急急行がバンバン走っていて普通列車が抜かれまくるので、やたらと通過待ち時間が多くてこんなに遅いのでははないかと推測します。

福島発を朝3時6分という変な時間に出発する青森行きの521列車があり、出来るだけ夜の待ち時間を短縮するために、その列車を活用できるように乗り継ぎ計画を組んでみました。

1961年7月 上野発着 東北本線長距離普通列車の時刻 : Rail・Artブログ

このサイトによれば、実はこの列車はもともと上野発の夜行列車だったのが上野ー福島間が廃止された結果、福島始発がこんな変な時間になったようです。

函館発 深夜0時05分函館本線経由の岩見沢行きという快速ミッドナイトの始祖?のような列車もありましたね。こういう変な列車を発見できるのが古い時刻表を見る楽しみですよね。

43レ二木発車(函館本線) - くろくまと蒸機たち
久しぶりに朝から青空。雨上がりの空だけに今日は遠望が利く俯瞰日和。でも、へそ曲がりのくろくま、今日は自宅待機。寝具なんか洗濯してます。雨の日は出かけるくせに何で? といわれるかもしれません。でもね、暑いのは厭なんです。ただでさえ煙の少ない秩父ですからね。暑い晴れの土・日なんて、これから何日もありますから(でも、ガスりそ...

当時の函館発岩見沢行43列車はSL牽引だったようですね。

急行列車は周遊券利用者がメインだったのか?

急行は上野ー青森間を夜行の「八甲田」へ行って朝、青函連絡船に乗って、昼頃函館を急行「宗谷」で出発するプランです。この急行「宗谷」に乗れば当日中に稚内に到着することも可能だったのすごいですよね。(稚内着は22:42)

稚内発函館行きキハ56系の急行宗谷
1960〜80年代の国鉄・公営・私鉄 C62やD52、D51が活躍していたころの北海道函館本線

この時代、青春18きっぷは無かったのですが、代わりに周遊券という旅行者にとって便利な切符がありました。東京発の北海道周遊券(当時大人\9,300学割\7.600)だと、往復に急行を使えば追加料金なしで、北海道内の急行自由席が乗り放題でした。追加で特急券を買えば特急にも乗れたので道内旅行にはとても便利な切符ですよね。さらには当時、道内存在した夜行急行列車を利用することで宿代も節約できたという(笑)・・貧乏旅行にもありがたい切符だったことでしょう。

でも上野ー札幌間で急行と特急の料金差が1000円しかないので、所要時間差を考えると1000円足して特急乗ろうと言う人が多かったんじゃなかったのかなと推測します。

東北夜行特急黄金期

特急は2種類の乗り継ぎプランを作りました。特急①プランは寝台券が不要なので安く行けるプランですね。その代わり青函連絡船で寝る必要があります。船に弱い人には厳しいプランだったかも。

特急②プランは、東北本線を寝台特急電車で乗って、朝青函連絡船に乗船。函館から特急おおぞらで札幌へ行くプランです。このおおぞら2号はは釧路・旭川行きで釧路着は19:45です。上野を夜出発すれば、翌日中に道内のほとんどの場所に行くことが出来るダイヤが組まれていたんですね。

時刻表を見ていると、この時代「上野発の夜行列車」の数が半端なく多かったのが分かります。上野ー青森間の定期列車だけを数えると以下の列車がありました。

急行「八甲田」(列車1往復)※東北本線経由
急行「十和田」(列車2往復)※常磐線経由
急行「津軽」(列車2往復)※奥羽本線経由
特急「ゆうづる」(電車3往復+列車2往復)※常磐線経由
特急「はくつる」(電車1往復)※東北本線経由
特急「あけぼの」(列車2往復)※奥羽本線経由

なんと、13往復!夜行列車(電車)全盛期って感じがしますね。在来線特急・急行の最後の黄金期なのかもしれません。80年代後半に入ると583系は行き場をなくして無理やり普通列車に改造されて北陸本線あたりを走っていましたね。あの電車を見るとなんとなく切ない気持ちになったのは私だけでしょうか。

寝台電車特急583系はくつる
寝台特急列車あけぼの

※上の2枚の写真は側面にJRのシールがあるので少なくとも1973年の写真ではないです。

運賃比較

運賃を比較すると、急行利用しても普通列車のみの旅と600円しか違わないんですよね。これで9時間近く所要時間が違うとなると、ほとんどの人が急行か特急で札幌に行ったと思います。今みたいに18きっぷも無いので普通列車で長距離を移動するメリットがほとんどないですよね。

さらには特急列車も上野ー札幌間だと急行列車に1000円プラスするだけで乗れちゃいます。これで所要時間も4時間近く短縮されると考えるとやはり特急に乗りたくなりますね。

ちなみに当時の航空運賃も調べましたが、羽田ー千歳で\13,900でした。国鉄と倍以上の料金差がありますが、所要時間を考えると飛行機利用を考えちゃいますよね。

ちなみに以下のサイトでは、1973年(昭和48年)の物価はこんな感じだったようです。だいたい今の5分の1位でしょうか?今牛乳は1L\200位しますもんね。コーヒーは今の方が却って安い?マックだと\100で飲めますね。

昭和の物価

大卒初任給(公務員)55.600円 高卒初任給(公務員)44.800円

牛乳:32円 かけそば:150円 ラーメン:160円 喫茶店(コーヒー):170円

銭湯:55円 週刊誌:100円 新聞購読料:900円 ※7月改訂 新料金1.100円 映画館:800円

昭和の物価より引用

1973年は既に東京ー札幌の移動は飛行機が主役だった

鳥塚さん、その手法で「東京~札幌間の輸送はいつ鉄道から飛行機へ逆転したのか」を検証できますか? | Rail to Utopia
元いすみ鉄道社長の鳥塚亮氏がyahooに「東京-札幌間の輸送は、いつ鉄道から飛行機へ逆転したのかを検証してみると。」と題した記事を書かれています。 現実問題として、東京から札幌へ行く人のいったいどれだけの割合が「はやぶさ」から「スーパー北斗」に乗り継いで鉄道で行っているかというと、詳しい統計は出ていないようですが、函館...

この記事によれば、1973年頃の東京ー札幌間の鉄道シェアは既に25%程度しかなかったようです。当時青函トンネルも未開通なので、どうしても函館・青森で乗り換える必要もありますしね。倍以上のお金払ってでも飛行機で行く人が当時既に多数派だったようですね。

調べてみてびっくりしたのは、当時既に羽田ー千歳間の航空便が日本航空と全日空を合わせて27往復もあったことです。長距離はもう完全に航空機が主役の時代だったわけですね。

 

amazonで復刻版時刻表を調べたのですがちょうど1973年というものが無かったので前後の時代の時刻表へのリンクを掲載しました。

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最後までお読みいただきありがとうございました。